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日本競馬の歴史

近代競馬の日本上陸

江戸時代末期、アメリカ合衆国の圧力によって鎖国が解かれた後、
横浜に外国人の為の外国人居留地が設けられました。

そこで行われた競馬(居留地競馬)が日本最古の洋式競馬とされています。

現在、最古の居留地競馬として確認されているのは、1860年(万延元年)に、現在の横浜にて行われた競馬であるとされています。
馬そのものは太古から人々の移動手段となるなど、人間とは切っても切れない関係にありましたが、競争馬として私達日本人と関わりをみせたのは、ちょうどこの頃に行われた競馬からだといわれています。

当時は居留地に住んでいた外国人らの手によって行われた洋式競馬が盛んであり、外国人らが組織した競馬施行組織を中心にした競馬が、同じく居留地内の外国人たちを相手にして行われていました。

現在の仕組みに最も近い当時の近代競馬において発売された馬券は、日本の治外法権の下で人々の手に渡っていきました。
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そして、日本人の手による近代競馬の発祥

この居留地にいる外国人達による競馬を手本として、日本人も独自に競馬を行うようになっていくことになります。

現在の競馬からは考えられないのですが、
当時の競馬は、その時代の政治・経済などの高い位をもち活躍していた人たちの娯楽のようなものでした。今でいうセレブのようなものでしょうか。

こうした人たちのために開かれた競馬は、一旦廃れていくことになります。
というのは、馬券の発売がなかったからなのだそうです。

そして、現在の中央競馬へと・・。

賭博行為が禁止されているなか、馬券の発売が困難な初期の日本人による主催の競馬は廃れてしまい、日本はその後戦争への道へ突入します。

戦争へ突入した日本では、競馬は娯楽という要素だけではなく、軍用馬を育てるという要素をも含むようになりました。

次第に競馬ですら戦争の影響を受け、終戦を迎えます。

終戦を迎えるまでに、競馬場も使えず、そもそも戦時中には競馬自体が出来なくなり、ここで戦前から続く日本の競馬は一度途絶えたといっても過言ではないほどの事態になったのですが、
戦後まもなく、日本競馬会という主催団体が誕生し、戦後に競馬が復活することになりましたが、その団体もしばらくすると無くなり、競馬法によって国が管轄する事業としての競馬が始まったのです。

その後、国の事業として行う競馬のあり方が問題となり、社団法人・日本中央競馬会が発足。これが現在のJRA主催で行われる中央競馬のスタートとなったのです。

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